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2020年03月11日

ガンジス川をカヌーで旅して

「純粋なる狂気の味」



この物語はガンジス川旅のお話。
過去を振り返るだけの精神的な余裕が生まれたのだろうか。
それとも過去を求めだしたのか。
皆が足並みを揃え一斉に前へと走り抜ける社会の中で、たった一人、逆方向へ全力で走り出した。そんな10年間だった気がする。
そして純粋な思い出が意味を持ち出した。
真っ直ぐに向き合った旅にはそんな特性がある。
咀嚼するに時間のかかる旅は良い旅と呼べるだろう。

水面に何かをかけた。

水面に何かを願った。

旅を終え、帰った時に有るはずの空間が無くなる反面、
純度のある思いは時に何かの空間を具現化する様に思う。そうゆう知覚を持ち出している。
人様にお見せする立派な文章は書けないが、勝手ながらに細々とこの文章を書く。

ガンジス川旅の途中に寺に何度か上陸する機会があった。
そこは日本人の誰もが知らない無名な寺であったが、
観光地のそれとは違う日常を過ごすインド民が集まる寺だった。
常民の暮らしの中にこそ信仰が鼓動している様に感じた。
有難い事に寺では寝込みを襲われる心配が無い。
旅の途中にはナイフにも拳銃にも出会っていた。
ガンジス川流域の人口は3億人と言われている。
3億の胃袋など想像もできないが、インド国全体では12億の胃袋となる。
世界最大の民主主義国とも言われる。
そんな彼の国には、虎・象・熊・豹なる野生動物が生息している。
川下りをしながら野生生物に怯えている自分も確かにいた。

ガンジス川中流域で上陸した寺の前には、壮大なガンジス川の流れは無かった。
灌漑用水として聖なるガンジス川は幾多にも道が別れていた。
本流はどちらだろうかと戸惑う事も多かった。
農業用水路、工業用水路を通過する度にガンジス川の本流はやせ細っていく。川の水は飲み水や生活用水だけでなく、農業用水や工業用水としても使われてる。
全長は約2500km、流域面積は約173k㎡なるガンジス川は
中流域にて次第に水たまり程度の水深になった。
時にカヌーを引きずりながら旅を続けた。

とある場所にて寺が前方に現れた。遠慮なくカヌーを寄せた。




御高齢の長老が現れ、僕の寝る場所を異国の言葉で説明する。
寝かせて欲しいと頼む前にその長老は寝床を指した。
一夜を過ごした朝にズボンを脱ぐ様に指示され、オレンジ色の腰巻きを渡された。どうやら敷地内でのズボン着用はご法度らしい。
オレンジ色の腰巻きをゆるやかに身につけると、
それを見た長老の弟子は大号泣をした。
年齢は50代位か。子ども様に大きな声をあげて泣く姿を見て僕は更に困惑した。
感動して泣いているのではない。悔しくて泣いているのだ。
本来ならば長い修行を積んだ者のみ身につけられるオレンジ色なのだろう。
修行も修練も重ねていない偽物の僧姿になっている自分を自覚した。
旅の途中によった寺では、まだ小学生低学年位の子供達が集団生活をしていて、夜明け前に起き、サンスクリット語の呪文を唱えている風景に出会ってきた。
彼らは生涯に於いてセックスもしなければ肉食もしない。
そんな過程も経ていない外国男がオレンジ色をまとったのである。
弟子ウララに申し訳ない気持ちが生まれた。
そして、長老と弟子ウララと僕との不思議な共同生活が始まった。








  


Posted by カツカヤック at 22:41ガンジス川カヌー旅

2013年11月13日

「インドガンジス川漂流記」

同時系列になりますが、インドガンジス川のカヌー旅の編集を始めました。


「インドガンジス川漂流記」

遺書を書いてから、インド行きの飛行機に乗る為に成田へ向かった

自分がこの世の中に必要であれば、行きて帰ってくるだろうし

そうでなければそれまでだと考えていた。

なぜそこまで思い詰めていたのだろうか。

当時の僕はそうだった。


インドは多分にもれず今も昔もヒッピーの聖地でもある。

様々な旅行者は世界中から集まってくる。

そして持っている価値観を破壊される。

例えば道を歩いて四つ角を曲がったりすれば、

素っ裸の男の子が全身に花束を纏い、手綱で象を引き連れて歩いていたりする。

日本人には理解できない世界がインドにはある。

旅行者の反応も様々で

ある者はその強烈さに耐えきれずにインドを飛び出し

ある者は何度も何度もインドへと通う事となる。

僕はどちらかと言えば後者にあてはまるのだろう。

カヌーを持ってインドへ再びに降り立っている自分がいた。


この国はやはり不思議な世界だ。

自転車のタクシーがあちこちに走り回っている中で、

空の交通網も発達している。

牛が車道を歩き、道路の真ん中に座り込む。

壮絶なるクラクションが360度から鳴り響いている。

パラレルな次元が無限大に存在していると言ったらいいのだろうか。

その混沌の中で人々は秩序を保ちながら生活をしている。

僕はひとまずホテルへカヌーを預けて、飛行機に乗りガンジス川の視察に出掛けた。

ガンジスは何百という川の集合体。

毛細血管の様に支流が流れている。

聖なる川。

母なる川。

信仰深いインド人はその川と共に生きている。

人が亡くなればその川へ遺体を流し、

その川で炊事洗濯、祈りを捧げる。

インド政府へのパーミッション(川下り許可)を取得する前に

インド軍へ顔を出した。





続く










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Posted by カツカヤック at 17:49ガンジス川カヌー旅