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2015年10月09日

「純粋なる狂気の味」

「純粋なる狂気の味」

この物語はガンジス川旅のお話。

シーカヤック日本一周の旅を終え、ガンジス川旅の消化が始まった。
過去を振り返るだけの精神的余裕が生まれたのだろうか。
それとも僕が過去を求めたのか。
みんなが一斉に前を向いて走り向ける中で、僕は一人で後ろ向きに全力で走り出した。そんな10年間だった気がする。
そして純粋な思い出が意味を持ち出した。
真っ直ぐに向き合った旅にはそんな特性がある。
咀嚼するに時間のかかる旅は良い旅と呼べるだろう。
水面に何をかけたのか。水面に何を願ったか。
旅を終え、帰った時に有るはずの空間が無くなる反面、
純度のある思いは時に何かの空間を具現化する。
それは人生と人生の交差点が立体交差になる様な感覚だ。
人様にお見せする立派な文章は書けないが、
勝手ながらに細々と文章を書く。

ガンジス川旅の途中に寺に何度か上陸する機会があった。
そこは日本人の誰もが知らない無名な寺であったが、
観光地のそれとは違う日常を過ごすインド民が集まる寺だった。
有難い事に寺では寝込みを襲われる心配が無かった。
旅の途中にはナイフにも拳銃にも出会っていた。
ガンジス川流域の人口は3億人と言われている。
3億の胃袋など想像もできないが、インド国全体では12億の胃袋となる。
そして世界最大の民主主義国である。
そんな彼の国には、虎・象・熊・豹なる野生動物が生息している。
しかし、ガンジス川中流域で上陸した寺の前には、壮大なガンジス川の流れは無かった。
灌漑用水として聖なるガンジス川は幾多にも道が別れていた。
本流はどちらだろうかと戸惑う事も多かった。
農業用水路、工業用水路を通過する度にガンジス川の本流はやせ細っていく。川の水は飲み水や生活用水だけでなく、農業用水や工業用水としても使われてる。
全長は約2500km、流域面積は約173k㎡なるガンジス川は
中流域にて次第に水たまり程度の水深になった。
僕はカヌーを引きずりながら旅を続けた。
人類がかかえる環境問題の一つとしてガンジス川を捉えたが、
大汗をかく旅だった。

とある場所にて寺が前方に現れた。遠慮なくカヌーを寄せた。
80歳近くの長老が現れ、僕の寝る場所を異国の言葉で説明する。
寝かせてくれと頼む前にその長老は寝床を指した。
一夜を過ごした朝にズボンを脱ぐ様に指示され、オレンジ色の腰巻きを渡された。どうやら敷地内でのズボン着用はご法度らしい。
オレンジ色の腰巻きをゆるやかに身につけると、
それを見た長老の弟子は大号泣をした。
50代男の大号泣を目の前で見た僕は更に困惑した。
感動して泣いているのではない。悔しくて泣いているのだ。
本来ならば長い修行を積んだ者のみ身につけられるオレンジ色なのだろう。
観光地では偽物ばかりのオレンジ色の僧を見てきたが、
旅の途中によった寺では、まだ小学生低学年位の子供達が夜明け前に起き、
サンスクリット語の呪文を唱えている風景に出会ってきた。
彼らは生涯に於いてセックスもしなければ肉食もしない。
そんな過程も経ていない外国男がオレンジ色をまとったのである。
50代の弟子ウララに申し訳ない気持ちが生まれた。
そして、長老と弟子ウララと僕との不思議な共同生活が始まった。

続く






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Posted by カツカヤック at 20:01純粋なる狂気の味